何処にいても関係ない。
地獄は魅入った者にどこまでも付き纏うの。
01.厄日
もう既に燃やしてしまったが手紙の内容は全て頭に入っている。
別に放っておいてもいいだろうが、そうなると今までの努力が無駄になってしまう。それを考えるとどうしても放っておけなかった。
そして今日で七つ目の待ち合わせ場所に向かったときも、考えているのはそれのみだった。
優等生として、監督生としての行動が取れているのかどうか。
ほかの事なんてどうでもよかった。
「えっとね、リドル。私、実はずっと貴方が好きだったの・・・。」
在り来たりな内容だ。最後もこれかと思うと、さすがに厭きれる。
それを表に出さないように気をつけながら、僕は優等生を顔に貼り付けて丁重に断った。
彼女が泣きそうな顔で去るのを見ながら、僕は溜め息を吐く。
優等生のイメージを守るのもまったくもって楽じゃない。
もう既に日常茶飯事と化していても、どこかで襤褸を出さないかと気が気でなかった。
だが、取り合えず一端終わりだ。やっと肩の荷が少し下りて、僕はほっと小さく溜め息を吐いた。
清々しい気分になったのも束の間、寮へと戻る道の途中、僕は顔を顰めた。
聞こえてくるのは甲高い女の声とドスッと言う鈍い音。
悪いことは重なって起こるという言葉が咄嗟に過ぎった。
僕は深く溜め息を吐いて、立ち止まる。
腹立たしいのを押さえながら、様子を見た。
どうやら、イジメの現場に居合わせてしまったようだ。
教室から、それらしい声と音が聞こえてきた。
「まったく、なんであんたなんかいるのかしら。不愉快よ!」
どかっと何かを蹴った音がする。
醜い女の典型的タイプだと思った。
監督生で優等生の僕は日頃の行いは良いはずなのに、と思わずこの状況を心の中で悲嘆した。
「・・・っ・・生意気なのよ!何とかいったらどうなの!?」
相手は反抗しないらしく、それが相手の神経を逆撫でしているみたいだ。
荒々しくなる暴行の音を聞きながら、止めようか躊躇った。
言わせれば、弱い者がいて強い者がいるだけのことだ。
弱い者を助ける義務が僕にあるのだろうか。
だがこのまま見て見ぬ振りというのは監督性という肩書きを考えると、素通りできない場面だろう。
面倒だと思いながらも、僕は教室の扉を開けた。
「・・・何をしてるのかな?」
その途端に固まる女子生徒達。
さっきまでの威勢は何処へ消えたのだろう。
一瞬で顔に恐怖と狼狽が浮かんだ。
「ト、トム・・・」
僕は見覚えのある顔に眉を顰めた。
スリザリンの生徒であることは一目瞭然だ。
中心人物らしき生徒は普段、僕の取り巻きの一人だったはず。
僕は、また溜め息を吐きそうになった。
「あの、これには訳があって・・・」
狼狽えながらも、彼女は言い訳する。
思い切り聞かれていたのも知らずに隠そうとする姿はなんて滑稽なんだろう。
あまりの馬鹿さ加減に普段なら笑い出しそうになっていたに違いない。
だが、今の僕はそういう気分ではなかった。
「・・・スリザリンから一人20点減点。」
僕は彼女たちを睨みながら言い渡した。
彼女たちがびくっと肩を揺らし、懇願するような視線を僕に向けた。
その視線に僕は吐き気を覚える。
言うことはきっと、お決まりの台詞。
「あの、見逃してくれない・・・?」
ほら、お決まりの台詞だ。でもそれすら、今の僕には鬱陶しい。
この期に及んで、見逃してくれだなんて。
もしも、僕が機嫌が良かったなら、配慮したかもしれない。
だが、機嫌の悪い僕にこの場を見られてしまった時点で、彼女達の運は尽きたとしか思えなかった。
「さっさとこの場から離れなよ。」
いらだっていた所為もあり、出た声は低かった。
もちろんそれは彼女達を脅すには効果抜群だった。
全員、体をちぢこませて、そそくさと教室を出て行く。
僕はそれを見届けると床に転がった女子に視線を移した。
彼女は起き上がっているところだった。
黒い長い髪はぐしゃぐしゃになり、俯いた顔を隠している。
割れた眼鏡を拾っているところだ。
やるならもう少し上手くやれと心の中で彼女達に文句を言いながら、僕はその女子に近寄った。
「大丈夫かい・・・」
声を掛けると、彼女が面を上げた。
その途端、僕は凍りついてしまった。
まさか彼女だと思いもしなかった。なんて運が悪いんだ。
一瞬、僕は名前を呼ぶのを躊躇った。
「・・・ミス・。」
・。
同じスリザリンの生徒で、仲間意識が強いはずの同じ寮生に虐められ疎外される唯一の存在だ。
彼女の素顔を見るのは初めてだったが特別な感慨は無い。
むしろ逆で彼女がいるという時点で僕の機嫌は最高潮に悪くなった。
「・・・リドルだったのね。」
僕の顔を見て、呟く。
名前を呼ばれるだけで吐き気がしそうだと思った。
視線は交わらないまま、彼女は顔を逸らし、女子生徒が逃げた方向を見る。
「・・・彼女達が去った理由が分かったわ・・・。」
何故か同情するように呟いて、彼女は杖を取り出した。
そして呪文を呟き、眼鏡を叩いた。眼鏡のひびや割れた部分は一瞬で消える。
すぐ直った眼鏡を掛けなおすと、彼女は立ち上がって僕を見据えた。
「ありがとう。」
僕は顔が引き攣りそうになるのを必死で押さえながら、笑顔で当然だと返した。
本当は相手が彼女だったとわかったら絶対に助けなかった。
それほど僕も彼女は嫌いだった。
「・・・そんな無理して笑顔を作らなくたって別に気にしないわよ。」
そう言われて、さすがに僕は顔を顰めた。
何故見破られたのだろう。
笑うことも出来ないくらいに彼女が嫌いだったのだろうか。
この際、どうでもいい。
「だったら、さっさと僕の目の前から消えてくれないかい?」
僕は彼女を睨みつけた。
だが、彼女は平然としていた。
それが癪に触り、僕は益々いらだった。
「ええ、そうするわ。」
彼女は乱れた髪も魔法で綺麗にいつも通りのおさげに結いながら、返事をした。
その行動の全てが僕の癪に触る。
もちろん、この行動だけが彼女が嫌いな理由の全てではない。
むしろ、本来好かれるタイプであろう。
よく見ればある程度整った顔立ち、真面目な優等生。
僕に次ぐ完璧な人間だ。
穢れた血でスリザリンなどに入っていなければ彼女は間違いなく高い人気を得たに違いない。
けれど、彼女がいるのはスリザリンだった。
スリザリンは元来、忌み嫌われる存在で、そのスリザリンは人間の両親から生まれた穢れた血を憎んでいる。
そんな彼女が何故スリザリンにいるのか、なんて僕は知らない。
彼女ある程度、身形が整うと無言で立ち去った。
彼女の後姿が消えるのを見ながら、僕はまた溜め息を吐いた。
最後の最後で彼女にあってしまうとはなんていう運の悪さだ。
穢れた血、僕が最も嫌うもの。
「本当に・・・。」
今日は最悪の一日だった。
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2006/06/03 Written by mizuna akiou.