空は何も知らないように、私たちの罪さえも晴天で照らしていた。





それぞれの想い







私はクレアさんを連れて、村を出たところで、サレにクレアを縛ってもらうように頼んだ。
一応、男の人であるサレも縄ぐらいは縛れる。
私はその間にのほうへ向かった。

、ごめんなさい。勝手なことしちゃって。」

は首を横に振って、私に微笑みかけた。

「いいのよ。の方が辛かったでしょう?」

その言葉で、私の涙腺が急に緩んだ。
私は涙を見られたくなくて、の首に腕を回して抱きついた。
はきっと私がこうなると悟っていたのだろう。
何もいわず、私を抱きとめて、そっと背中を叩いてくれた。

「まったく、は泣き虫だよねぇ・・・。これでトーマより強いんだから参っちゃうよねぇ。」

後ろでサレが憎まれ口を叩く。

「うるさい。」

涙声だったのが恥ずかしかったけれど、泣かずにはいられなかった。
暫く泣いた後、私は離れて涙を拭ってを見た。

「ありがとう、。」

私はに礼を言った。すると、は優しく微笑んだ。
それだけで満たされて、私もにっこりとに笑い返し、振り返って不本意ながらサレとトーマに謝罪し、行こうと促した。





が離れたあと、私は視線を感じて振り向くと、そこには先程捕らえた少女がいた。
クレアといっただろうか。彼女は濁りのない瞳に私を写していた。

「・・・悪い人たちではないんですね。」

私は彼女を見据えた。
彼女は丸い瞳を細めて、小さく笑う。
幼さの残る顔はとてもその笑顔が映えていて、サレの眼に適った理由がよくわかる。
その笑顔を見た私は生理的に彼女とは合わないな、と思えた。

「どうして?」

それでも何故そう思えるのかが聞きたくて、私は彼女に問う。
すると、彼女はを見た。

「だって、あんなふうに人を諭すことを言える人がいるのなら、悪い人たちなわけないでしょう?」

私も彼女の視線を追ってを見た。
は今、トーマと喧嘩して睨み合ってるところだ。
つまり彼女が言いたいのは、みたいな子がいる王の盾が悪い奴ではないと判断したということだ。
確かにはいい子だ。長年一緒にいた私にはよくわかってる。
けれど、それだけで、判断するなんて。
彼女は何でこんなに何も知らない子供のように純粋でいられるんだろう。

「・・・少し、安心しました。」

彼女はそう言って安堵した表情を見せていたが、彼女の瞳は淋しげだった。
そんな彼女は今の女王と同じに思えた。
世界の悪など知らなくて、たった一瞬の優しさをすべてだと思い込む。
彼女は女王と似ていた。その生粋の心は、私とは決して合うことはない。
子供のような純粋さは私は最初から持ち合わせていなかったからだ。
なのに、その系統であると一緒にいられるのは何故なんだろうか。
ふと疑問に思ったが、すぐに答えは見つかった。
それは彼女が女王ともクレアとも違って、だからだ。
女王もクレアも世界の暗さなどないと思っている節がある。
けれど、にはその純粋さを思わせない暗く見えない部分があった。
ただ、幸せな普通の家庭で過ごしてきて、何も心配せずに暮らしていたヒトとは違う。
そんな雰囲気が、にある所為だ。だから、私はと一緒にいられる。
全然違う私とだけど、同じ匂いをどこからか感じるから、私は彼女を引き取ったのだと思う。






その頃、ヴェイグは集会所の中で目を覚ました。
ヴェイグの視線はぼんやりと天井の木目を追って、起き上がろうとしたが、腹の痛みでまた倒れこんでしまった。
もう一度、今度は慎重に起きようと疼く腹を押さえながら、ふと自分の前に誰かがいるのが見えた。

「・・・あんたたち・・・」

その瞬間フラッシュバックのように、先ほどのことを思い出した。
腹の痛みも忘れ、ヴェイグは立ち上がると、ユージーンの胸に攫みかかった。

「何故・・・何故、邪魔をした!!」

ユージーンは特に焦る様子もなく、ヴェイグの手を払い除けもしなかった。
そして、徐に口を開いた。

「・・・お前が王の盾と・・・と闘えば間違えなく死んでいた。」

ユージーンは断言すると口を閉じた。
ヴェイグは頭が熱くなって、怒りで手が震え、ユージーンを睨みつける。

「何故、そう言える?そういえば、あんたのことを隊長と呼んでいたな。グルだったというわけか・・・?」

腕に力が入る。
グルというにしては違和感もしたが、そんなことヴェイグは気にもしなかった。
いつまでも答えないユージーンに苛立ちを覚え、ヴェイグが口を開こうとすると、代わりにもう一人の誰かが答えた。

「それは違う。キミは誤解しているよ。」

ほんの少し、視線をずらすと赤い髪が目に入った。
明るい赤い瞳はまっすぐにヴェイグを捕らえていた。
少年であるマオの瞳は静かにヴェイグに何かを訴えかける。

「・・・だったら、お前達は何者なんだ!!」

問うと、マオは僅かに俯いた。
何かを逡巡するように瞳を揺らした。

「元隊長と脱走兵だよ。聞いてたでしょ?」

マオは蚊の鳴くような声で呟いた。
だが、そのはっきりとした声はヴェイグの耳にしっかりと届いた。

「元・・・?」

ヴェイグはユージーンを攫んでいた手を離し、マオを見据えた。
マオが居心地が悪そうに顔を顰める。
そして、ゆっくりと口を開いた。

「・・・半年前まで、ユージーンは王の盾の隊長だった。そして、ボクはその下で働いていた。」

マオが瞳を揺らす。
ヴェイグは黙って、二人を見つめた。
そして、視線を外し、俯いてぎゅっと目を瞑る。

「・・・あいつらは、王の盾、というのか。」

王の盾を顔を思い浮かべ、ヴェイグは拳を握り締める。
大切な幼馴染を連れて行かれたのだから、当たり前の反応と言えるだろう。
その様子に、マオが閉口する。

「ああ。その中でもはフォルスの中で一番ともいえる力を持っている。それに同列する力を持つのは今のところ、だけだ。」

マオに代わって、ユージーンが説明をし、小さくため息を吐いた。

「本来は・・・あんなことをする奴らじゃない。」

味方をするような発言にさっきならヴェイグも腹が立っていただろう。
だが、今はユージーンを観察する冷静さが、それを押し留めた。
彼は切なそうに空を見上げた。

「ユージーン・・・」

それが何をしているのか、わかったのはマオだけだった。
ヴェイグもなんとなく口出しを出来ず黙り込んだ。
暫くするとユージーンも顔を下ろし、ヴェイグを見据えて、こう言った。

「俺たちに怒る気持ちはわかる。だが、それより、クレアさんを助け出す方が先決だろう。」

ヴェイグは一瞬瞳を見開いて、項垂れた。










、これから、どうしよう?」

たぶん、隊長とマオは私たちを追ってくるはずだ。
フォルスを使った刹那に私はそう確信し、私はに支持を煽った。

「・・・なにかわかった?」

は目敏く聞いた。
敵わないなあ、と思いながら、私は頭を掻いた。

「うん。どうやらラドラス王の崩御して起きた事件の理由を知りたいみたい。たぶん、私たちを追ってくるよ。」

は俯いて、考え込んだ。

「そう・・・だったら、足止めしておいたほうがいいわね。」

私たちが残るわけには行かないけれど、雑兵を送り込もうとは提案した。
陛下の崩御したあと、能力者が増えたので、以前兵不足で困っていたのが嘘みたいに、今は兵がいるのだ。
の訓練は一般人で何も知らなかった彼らを一年間で立派な兵士に仕立て上げた。
一般人くらいなら、三人束にしても大丈夫なくらいでの指導は凄さを思い知らされる。
そして、私も彼女の世話になった一人だ。

「・・・そうね・・・。」

はしばらく視線を巡らせて、切り出した。

「確かお祭り騒ぎのような奴らがいたでしょう?漆黒の翼って名乗っていた・・・」

彼女は人差し指を立てて、私に聞いた。

「あー・・・」

あの三人を思い浮かべて思わず私は顔を顰めた。
いい大人があんな服を着て、しかもはしゃいでいる姿はあまり見れたものじゃない。
彼らは楽観的にフォルス能力を受け入れた数少ない能力者だった。
大抵はその能力で大事な人を危険に晒してしまったり、疎外されたりして、能力を忌み嫌う者が多い。
だが、彼らはそれを特殊能力として崇め、鼻高々に自慢している。
周りの迫害を気にしないのか、それか気付いていなかったのか。
どちらにせよ、ある意味、貴重な存在だった。

「彼らには橋で待ち伏せをしてもらいましょう。」

はそう言うと足を速めた。
私もそれに随って足早に彼女の後を追う。
前方にはワルトゥが待っているはずの小屋が見えてきていた。







小屋に入ると、ワルトゥはこの地域で有名な料理であるクリームスープをマグカップで飲んでいた。
ワルトゥには失礼だが、なかなか様になっていたので笑いそうになった。

「・・・どうでしたか?」

いつものように丁寧な物腰でワルトゥは問うと、クレアを見た。
それで全てを悟っただろう。
私たちはワルトゥの前へと座った。

「収穫は見ての通りよ。厄介なことはあるけどね。」

がお品書きを手にとって座ると、溜め息交じりに言った。
私もその隣に座った。

「なんですか?」

一応、聞いてみるというようにワルトゥはクリームスープを掻き雑ぜた。
私もそれを見ているとクリームスープを飲んでみたくなったが、今は我慢することにした。
は少し間を置いて、単刀直入に告げた。

「・・・隊長がいたわ。」

ワルトゥは途端に手を止めた。
そして、振り返る。いつも見えないワルトゥの瞳もこのときばかりは驚いたように大きく見開いていた。

「・・・隊長が?」

急きこむようにワルトゥは聞いた。

「ええ。」

は相変わらずお品書きを見ながら、頷いた。
そんなことも気にせず、もしくは目に入っていないのか。
ワルトゥは落ち着かない様子で、クリームスープを掻き雑ぜる手を再開した。

「・・・隊長は、お変わりなかったですか?」

平然を装ったようだったがワルトゥの声は少し震えていた。
当たり前だ。きっとワルトゥは王の盾で一番彼を慕い、敬ってきただろう。
それは後から入ってきた私たちでもすぐに分かるほどだった。

「特に変った様子はなかったわよ。」

それから少し間を置いて、はもう一つ付け足した。

「私たちが予想したとおり、マオも一緒だったわ。」

マオが消えた時、同時に隊長が脱獄を図った。
当時、今から一年前はフォルス能力者も普通の牢に入っていた。
能力者の犯罪者が増えたのと落ち着いていない能力者をとりあえず牢に入れたので、能力者用の牢が一杯だったのだ。
フォルス能力者にとって一般の牢は無意味だった。
特に隊長の場合、鋼のフォルスなんてなれば、牢などないようなものだ。
それでも牢に入れたのは誰も隊長が脱獄するなど夢にも思わなかったからだ。
私たちにとって、隊長の脱獄もマオの失踪も衝撃的な出来事だった。

「そうですか・・・」

ワルトゥはマグカップを持ったまま、溜め息を付くように呟いた。
私は無言で、彼との会話を聞いていた。
サレやトーマはこの会話に加わるつもりは無いらしく、テーブルに肘をついて頭を擡げてる。

「それで、ワルトゥに相談してしようと思ったのよ。参謀役として、何か妙案は無いかしら?」

はやってきた店主にクリームスープを人数分頼んだ。
私は密かに喜んだのだが、よく見るとお品書きにはクリームスープという文字の羅列しか並んでいなかった。

「どういう意味です?」

訳が分からないというように、ワルトゥは聞き返す。
私は思わずそのお品書きに驚き、ショックを受けながらもそれを面に出さないようにワルトゥを見た。

「二人の足止めにいい人はいない?今はあの「漆黒の翼」の三人に頼もうと思ってるんだけど・・・それだけではきっと足りないでしょうから。」

ワルトゥは一瞬考え込んだ。
彼の案は年の功や彼自身の頭の良さもあり、も参考にしているのだ。
もちろん、がそれに劣るわけではない。
むしろ、の方がずっと能力は上だ。
これは彼女の弟子であり、友人である私は胸を張って言える。
彼女に言うと絶対謙遜して、首を横に振るに違いないが、私はそう信じてる。

「・・・そうですね、私が足止めしましょう。」

この答えには驚いて、私は思わずワルトゥを凝視した。
まさか、ワルトゥがこんな申告をするなんて思いもしなかった。
の様子を横目で窺ってみると、案外落ち着いている様子だった。

「そうね・・・それもいいかもしれないわ。」

はそれに賛成して、運ばれてきたクリームスープに口を付ける。
私は納得が行かない気持ちで、自分のもとにも運ばれてきたクリームスープに口をつけた。









その後、そこで宿を取った私は寝床でに聞いた。

「・・・ねぇ、どうしてワルトゥを止めなかったの?」

の長い髪は、私よりずっと長い。
高い位置で結ったダークブラウンの髪は本当に綺麗だといつも私は思うが、髪を下ろしている彼女もまた素敵だった。
その髪を櫛で梳きながら、は私を見る。

ならわかってると思ったんだけどね・・・。」

は櫛を置きながらうーんと唸った。

「ワルトゥは心の底から、隊長を尊敬してたでしょ。」

だったら、どうして、彼が隊長を足止めなどするんだろう。
いまいち分からなかったので私が首を傾げると、は苦笑した。

「だから、どんな手でも会って話がして、身の潔白を証明して欲しいの。そして王の盾に戻ってきて欲しいのよ。」

そこでは言葉を切ると、たぶんね、と笑った。

「・・・そっか。」

漸く、私は納得がいって布団を口元まで引き上げた。
フォルス無しでそこまで分かるようにならないといけないなあ、と反省しながら、眠気が襲うのを感じた。
そして眠る間際、何故か、今日出会ったヴェイグという青年が一瞬脳裏を走った。
何故だろうと考える間もなく、私は眠りに落ちた。

夢は、見なかった。
ただ、何かが息をするような音がずっと耳の奥で響いていた気がした。


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2006-07-23 Written by mizuna akiou.