氷の湖から運ばれてくる風がやけに冷たく感じた。





辺境の村にて







私たちはスールズに入って、別行動を開始した。スールズの状況を掴むためだ。
とはいえ、ワルトゥ、ミリッツァらはもう既に別行動をしていたため、残りはサレ、トーマだけだったが。
私はもちろん、と行動していた。
聞き込みをしていると、そこである情報を攫んだ。
どうやら、最近二人連れの旅人がやってきたらしいということ。
そして、この村にはかなり強いであろうフォルス能力者がいること。
後者については、何かを恐れて口にしない人がいて、得られた情報は少なかった。
だが、前者は細かくいろいろ教えてくれた。
辺境の村なので、きっと旅人が珍しかったのだろう。
その特徴から彼らの正体を確信し、策を練ろうと思ったときには、私たちはトーマとサレの存在をすっかり忘れていた。






その頃、トーマは地道な作業に痺れを切らしていた。
彼はもともと話を聞くという行為は苦手であった。
特有の太い威嚇するような声の所為でもあっただろう。
とりあえず、今彼に与えられた仕事は彼に向いていなかった。

「・・・ええい!わずらわしい!!」

彼はこそこそと逃げていってしまったヒューマを見て叫んだ。
忌々しげに舌打ちをして、自分の後に続く部下を一瞥すると、トーマは町外れの方へと足を向けた。
すると、集会所と呼ばれていた建物の前に一人の少女が立っていた。

「あ、・・・」

自分を見た少女は明らかに動揺しているのが見て取れて、トーマは頭に血を上るのを感じた。

「その、こんなところになんのようで・・・・?」

少女はちらちらとトーマの様子を窺うように聞いた。
その様子に更に機嫌を悪くしたトーマは少女に詰め寄った。

「おい、おまえ!ここに、ヒューマの娘を呼んでこい!」

「え?なん・・・」

「問答無用だ!」

有無を言わせぬトーマの剣幕に少女は顔を青ざめさせると、そそくさとトーマの言うとおりにするためにその場を離れた。
トーマは我ながらいいアイデアではないかと今更ながら思った。











私とは同時に溜め息を吐いた。
騒がしくなったかと思えば、その正体はトーマだったことに、私たちは呆れた。
成り行きだとしても見てられない状況に目を伏せる。

トーマは今、隊長とマオ、そして村の青年と三対一で戦闘に入っているところだ。
当たり前の話だが、いくらフォルス能力があって四星といえど、元隊長と脱走兵二人でも分が悪いのに、それにフォルス能力者が加わっているのだ。
現状は最悪で、現にトーマは明らかに押されている。

「穏便に済ませようと思ってたのに・・・!!」

私は思わず小声で嘆いた。
草むらで様子を窺いながら、私たちは出ていくタイミングを計っていた。

「それにしても、トーマにしては粘るわね。」

も機嫌が悪いが隠せないようだった。

「そうだねぇ・・・。まあ、仮にも四星だからね。」

サレのは余裕たっぷりというように、髪を掻きあげて見せた。
すると、トーマがフォルスで三人を跳ね返した。悪あがきもいいところだ。
だが、出て行くタイミングはばっちりだった。

「・・・それで?この三文芝居はいつまで続くのかな?」

サレが颯爽と草むらを掻き分けて入っていった。
私たちもサレを追って、茂みから出て行く。

「・・・おまえたちは・・・!」

隊長、否、ユージーンが私たちの姿を見つけて瞠目する。
私は平然を装いながら、彼らを見据えた。

「お久しぶりですね。」

皮肉交じりに彼に伝えると、彼の表情は苦渋に染まった。
私の気持ちは晴れず、今すぐにでも彼を連行して問い詰めたい衝動に駆られた。
傍で青年が不思議そうに私たちと彼を交互に見たが、私はそれを無視した。

、大丈夫?」

が小声で私に聞いた。
私は振り返り、弱々しく微笑んだ。
正直のところ、大丈夫なんかじゃなくて、平常心を保つので精一杯だった。
傍ではサレとトーマが言い争いをしているので、余計にいらいらした。

「まったく、愚鈍だよね、トーマは。」

「うるさい!少し血が上っただけだ!!」

二人の会話は子供のような低次元の喧嘩に発展しかけていた。
それにが止めに入り、呆気に取られた群集の前で私は居心地の悪さを感じた。

「・・・とにかく、クレアちゃんとか言う子が一番の上玉だよ。あそこにいる金髪の子さ。」

サレが仕切りなおし、後ろの方にいた金髪でワンピースを着た少女を指差した。
なるほど、確かに綺麗で美人というよりは可愛いと形容される少女だった。
どうやら、サレは美しい娘探しに精を出していたらしい。
彼としてはこんな任務さっさと終わらせたいのだから、当然のことだ。
意外と早く終わりそうだったし、私は深く安堵した。

「待て!!」

それは思い違いだったようだ。
私は落胆しながら、声のしたほうを見た。
蒼い髪を三つ編みに結った青年が敵意の篭った青い瞳でまっすぐに私たちを睨んでいた。

「まったく、ちょろちょろと目障りな奴だ。」

トーマが青年に毒づく。
さっき、トーマが苦戦していたのは青年のフォルスよりも剣術のほうだった。
一般人にしてはなかなかのセンスで、しかもまだ発展途中であることは見ていて明らかだった。

「まったく、こんな面倒になったのは誰の所為よ。」

私はトーマをたしなめ、青年を見た。
精悍な顔つきをした青年はまっすぐに私たちに敵意を向け続けている。

「相手にするなよ。話はもうついてる。」

そして、サレは隊長に向き直る。
今は重罪人となってしまったけれど、やはり隊長は隊長だとしか私には思えなかった。
サレに見据えられた隊長は、僅かにたじろいだ。

「・・・そうですよね、ユージーン隊長?」

揶揄するようにサレが話を振ると隊長の顔が曇った。
続いてサレは隣にいたマオにも声をかける。
青年は一端、私たちから目を離し、驚いたように二人を見つめた。

サレが二人の地位を説明している傍ら、私は二人に視線を送った。
出血大サービスの説明を聞いていられないという表情が痛々しかった。
マオといたのは半年だけだったが、一番年が近くて気が合った。
今、敵として目の前にいることは辛い。
せめて、誰か判らないほどに変わっていてくれればよかったのに、彼らの姿は脱走したときの姿のままだった。
変わったといえば、マオの背が少し伸びているような気がしたことだけだった。

「ま、君程度のチビッコはいつだって始末できるけどね。」

最後、サレは厭味ったらしく言い放った。
けれど、サレの言葉は本気じゃない。
だって、ユージーンが面倒を見ていたと言っても、マオがいつも絡むのはサレだったのだ。
実質、一番一緒にいたのはサレのはずでサレだってマオのことを面では嫌がっていても内心そんなに嫌じゃなかったはずだ。

「・・・そのくらいにしときなよ、サレ。」

見ていられなくなって、私が言うと、サレは口を噤んだ。
二人のために言った言葉だったが、更に場の雰囲気は気まずく暗くなった。

「君には関係ないじゃないか。」

「やめなさい。」

私に突っかかろうとしたサレをが静かに制した。
さすがにサレもそれ以上は言わず、不服そうにしながらも下がった。

「・・・クレアさんを渡してもらえませんか?」

が言った。
私は一歩下がって、連れていく少女を見た。
不安そうに瞳を揺らしているが、臆した様子はない。
なんて強い村娘なのだろう。

「・・・嫌だといったらどうなる?」

青年は私たちを睨みながら聞いた。
本当なら、この面倒な任務はできるだけ穏便に済ませたかった。
なのに、誰かの所為で台無しになり挙句の果てにこれだ。

「そんなことは言わせないわ。」

が冷静に言い放った。
無表情だったけど、それは明らかに青年へ軽蔑を向けていた。
青年が言い返そうと口を開き掛けると、そこにサレが割って入った。

「ユージーン隊長なら、僕のやり方はわかってるでしょ?」

隊長とマオが沈黙する。
彼のやり方は王の盾の中で最も有名だったからだ。

「何を言っている?」

言いかけた言葉を飲み込み、青年は不可解だとばかりにマオと隊長を一瞥した。

「わからないおともだちは頭上に注意。」

青年は振り返り、息を呑んだ。
サレはさっき、そのガジュマのおばさんを連れてきていた。
きっと、こうなることは予測せずとも、すんなりといかないことは悟っていたからだろう。
けれど、サレが人を殺したところを私は見た事がなかった。
たまたまなのか、それが真実なのか、私は知らない。

サレが遠まわしな脅しに入るのを聞きながら、ふと、このままで終わるかな、と心配になった。
青年は落ち着いているように見えるが、なりふり構わない行動を起こしそうだった。
面倒なことにならなければいいけど、と私は心の中で呟き、後方にいる少女へと目を向けた。
少女が悔しそうに俯いたが、次の時には澄んだ瞳で私たちを見つめていた。
本当に強い娘だな、と思った。きっと、青い髪の彼よりずっと大人だ。

「わかりました。」

そして、自己犠牲を払うことさえ厭わない。
私はそんな少女を連れて行かなければならないという罪の意識が湧くのを感じた。

「ダメだ、行くな、クレア!!」

青年が振り返って、叫ぶ。やっぱり彼は子供だ。
この現状を把握できていない。

「おまえは黙ってろ。」

サレが低い声で脅す。
青年はサレを睨み、剣を抜いた。

「貴様!!」

すると、サレがフォルスを発動させ、それが青年に直撃する。
この後に及んで、なんて無謀なんだろう。
彼にとってあのおばさんは大事な人ではないのだろうか。
命が一つ消えることさえありうるこの状況をちゃんと理解しているのだろうか。
きっと、なにもわかっていないんだろうと漠然と思った。

「ぐああァ!!」

彼はそのまま倒れた。
手加減したサレのフォルスさえも避けられない彼はまだ、彼女を取り返せない。
悔しそうに青年は私たちを睨んだ。

「おまえの命は軽いよ。」

「く・・・!」

まだ懲りていないのか、青年は立ち上がった。
サレがまたフォルスを構えるが、それは私が制した。

「私が行く。」

サレが不思議そうに私を見た。
私は今まで、任務に積極的に参加したことはなかった。
いつも漫然と仕事をこなしていただけだった。
けれど、今回ばかりは見ていられなかった。

「そうかい?」

サレは下がった。私は心の中でサレに感謝して、前に進み出た。
青年は一瞬怯んだようだった。私は彼に微笑みかける。

「えーっと・・・」

名前が分からない。
だけど、この際どうでもいい。

「こっちにもいろいろ事情があるんだよ。悪いけど、クレアさんは・・・。」

「ふざけるな!!」

聞く耳持たずという感じだ。
彼の態度に私は頭が熱くなるのを感じた。

「・・・確かに私たちがすることは人道外れてる。」

それはわかっているけれど、言わずにはいられなかった。

「だけど、貴方がしてることはここにいる全員を危険に晒している。」

「なんだと・・・!」

彼は剣を握りなおし、更に私を睨む。
まだわかっていないのか。私は苛立ちを感じた。

「彼女だけ助ければいい?甘ったれないでよ。貴方の行為で此処にいる全員が死んでもいいの?」

「なっ・・・。」

私が捲くし立てると、周囲がざわめいた。
そうか、きっとこの村はとても平穏だったんだ。
だから、こんなことにさえ気付かなかったのかもしれない。

「さっきのガジュマのおばさんにしてだってそう。彼女はどうなっても良かったの?クレアさんさえ助かれば、殺されて良かったの?」

初めて彼がはっとし、睨むのをやめて俯いた。

「・・・うるさい・・・!」

考えてなかった自分の愚かさに気付いたのだろうか。
彼の声に先程の威勢はない。

「確かに私たちの行為を正当化しているように聞こえるかもしれない。でも、あなたがしていることは無謀としか捉えられないことだよ。」

「・・・」

彼は何も言わなかった。私は更に言葉を続けた。

「私たちが間違っていると叫ぶのなら今の状況を考えたら?クレアさんはずっと分かってるよ。ずっと彼女のほうが大人じゃないか。貴女は今の状況が分かってない子供だよ。」

「うるさい、うるさい!!俺は、俺は・・・クレアを守るんだ。」

それが彼女を危険に晒しているのに。
私は今にも向かってこようとする彼を見ながら、フォルスを発動させようと身構えたとき、誰かが彼の進行を邪魔した。
黒い三つ編みが視界で揺れた。

「さすがは隊長。」

後ろでサレがまた拍手するのが聞こえた。
隊長は無言で倒れた青年を見つめていた。
青年は呻いて、隊長を睨む。

「な・・・・・・なぜだ・・・・。」

うめくような彼の質問に隊長は答えなかった。
彼が私に戦いを挑むなんて無謀なことに隊長だってわかっていたんだろう。
だから、止めたに違いない。

「命拾いしたね。」

青年は私を睨んだが、すぐに少女のほうを見た。

「クレア・・・・・・逃げろ・・・・!」

私は彼を無視して、足を進めた。
彼女のほうへと歩み寄り、手を差し伸べた。

「ご同行願えますか?」

拒否権がないことを承知で私は問うと、少女は私を睨んだ。

「その前におばさんを降ろして、みんなを解放してください。そうでないと私はいきません。」

はっきりした少女だ。今時、こんなにはっきりと自分の考えを述べられる人間がいるだろうか。
そういえば、私も彼女と同じくらいだろうけど。

「・・・そうだね・・・。サレ!」

私が振り返ると、サレは顔を顰めた。
どうやら人質を解放するのが不服らしい。

「君は詰めが甘いよ。彼女が逃げられないように・・・」

「私が彼女を逃がすとでもいいたいわけ?」

不敵に私が聞くと、彼は黙り、髪を掻きあげる。

「はいはいっと。」

かったるそうにサレは返事をして、の方に指示を煽った。
人質を全員解放したところで、私がほっとしたときだった。
傍にいたクレアが走り出した。人質を解放している間に、逃げないようにと念を押していたのに。
私はフォルスを発動させた。私は移動して、彼女の前に立ちはだかった。

「あ・・・」

少女が目を見開き、さっき私がいた場所に振り返る。

「私から逃げられると思った?」

彼女は悔しそうに俯いた。
私は彼女の腕をつかむと、にっこりと微笑んだ。

「逃げようなんて、考えないよね?」

少女は私から視線を逸らしただけだった。
私は振り返り、集まってる村人に笑いかけた。

「それじゃあ、クレアさんはお借りしますね。」

私はクレアさんに歩かせようと促した。
彼女は名残惜しげに振り返って、青年に言った。

「ヴェイグ、ちょっと・・・・行ってくるね。」

青年の名前を此処で初めて知った。
後ろで青年が呻くように何か呟いたけれど、私は聞いてなかった。
あるいは、聞きたくなかったのかもしれない。


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2006-06-03 Written by mizuna akiou.