潮風が通り抜けて、私は空を仰いだ。
時は流れて
あれから十年の歳月が過ぎた。
時間なんてあっという間に消えていったように思う。
私は十年、ずっとと一緒に過ごした。
もちろん、今だって一緒だ。ただ、今は傍にいない。
「・・・」
私は無言で空と海の蒼ばかりの中で水平線を見つめていた。
今、私は軍の船に乗ってスールズ地方を目指していた。
暇だ。しかも眠い。
私は欠伸をしながら、溜め息を吐いた。
でも、寝るわけにも此処を離れて遊ぶわけにも行かないのだ。
私は三年ほど前から王の盾に入っていた。
もちろん、が入ったから私も入ったわけだけど。
今の位置は一応の直属の部下に当たる。
別にその所為で眠れないとか遊べないわけではない。
いつでもは私と対等に接してくれるし、いつのまにか彼女との年齢による壁なんて消えていた。
それに、私たちの間に主従の意識など存在しない。なら、何故此処にいるのか。
それはとても単純な理由で見張りを皆が嫌がってじゃんけんで決めた結果、私が一人負けしただけだった。
「・・・はぁ・・・」
思い出すだけでも悲しい。
この仕事を皆が嫌がった結果、を抜いた五人で口喧嘩に発展して、最終的にじゃんけんで決めることになった。
そして、何度かあいこになって、五回目で私が一人負けしてその場は私と言う犠牲で丸く収まった。悔しかった。
今頃、サレの持ってきたトランプでと四星はババ抜きでもやっているんだろうな。
それを考えると、せめて交代制にして欲しかった。
じゃんけんを言い出したトーマに心で悪態をついていると、背後に誰かが立つ気配がした。
「」
声で私には誰かすぐに分かった。
私は顔が綻ぶのを自覚しながら振り返った。
「!!」
私の上司であり、尊敬する人であり、ずっと一緒にいる女性。
命の恩人でもある彼女、・がそこに立っていた。
私が此処にいるのも、生きていられるのも彼女のおかげと言える。
彼女の姿を見て安堵すると同時に疑問が湧き上がる。
彼女もサレたちと一緒にトランプに参加していたはずだ。
何故、こんなとこに来たんだろう。
「どうしたの?トランプしてたんじゃないの?」
私は早口で聞くと、彼女は微笑んで私の隣に座った。
「少し飽きちゃってね。抜けてきたのよ。ついでにが退屈してると思ったから顔を見に来たの。」
思わず、私はに抱きつきそうになった。
これは王の盾に入る前の私の癖だったが最近は自制しているため、止めておいた。
もう私も成長して、たぶん17、8くらい年齢になるのだ。
まだ記憶は戻っていないので、正確な年齢はわからない。
だけど、いつまでも子供ではいられないのだ。
「トランプで何してたの?」
私は抱きつく代わりにそう聞いた。
ババ抜き以外の遊びを私はよく知らないから興味があった。
「ずっとババ抜きよ。」
は少しうんざりしたように言った。
私は呆気に取られて、を見つめた。
「ババ抜き?今までずっと?」
船に乗ってから2、3時間は経つ。
その間、ずっととはいったい何回やったのだろう。
そんな何十分もするゲームではないし、相当な回数をしたはずだ。
「・・・サレがムキになってね・・・。」
が頭を抱えて、船室を見る。
私が首を傾げると、すぐにその理由を説明してくれた。
どうやら、主催者で四星の一人であるサレが一度も勝てなかったらしい。
それでムキになって、他のゲームにしてと頼んでも譲ってくれないのだという。
ババ抜きなんてほとんど運の勝負なのに勝てないなんてよほど運気がないんだな、と思った。
「ババ抜きが一番強いのはトーマだったのよ。」
これは意外だ。
サレは負け続きといっても何故か納得させるものがある。
けれど、これは驚きだった。トーマというと愚鈍そうに見えるし、一見運が強いようには見えない。
一番に上がって万歳をするトーマを思い浮かべて、何となく変な気分になった。
「私とワルトゥは・・・そうね、25回目辺りでやめたわ。」
25回も我慢した二人に私は少し同情した。同時に尊敬した。
私だったら10回もしないうちに飽きていただろう。
その話題が終わると急に二人とも黙り込んでしまった。
いつもなら、もっと話は長く続いただろう。
だけど、今から行く任務は誰も納得が行かないもので、無理に盛り上げようとしている部分があったのだ。
私が物憂げに海を眺めていると、急にが口を開いた。
「・・・は、隊長が本当に殺したと思う?」
急に聞かれたことに私は驚き、戸惑った。
誰をなんて聞かずともわかった。
隊長というのは今はなのだけど、彼女は厭くまで代理だと言い張ってる。
が言ってるのは前隊長であるユージーン・ガラルドという今では重犯罪者のことだった。
私は目を伏目がちに俯いた。
「・・・思わないけど・・・」
殺されたのは私の恩人であるドクター・バースだ。
どちらも尊敬し、慕っていた相手だったので私には嘘だと言ってほしい事件だった。
私が駆けつけたときにはもう殺された後で、私はショックにその場でへたり込んでしまったのだ。
「・・・気付いたことなかった?」
私は混乱していたから、わからない。
けれど違和感があったのは確かだ。
「・・・なんか、変だった。」
詳しくは説明できないが、何かがおかしかったのだ。
事件自体がありえないと思ってた出来事だった所為かもしれない。
私の勘違いだろうか。
「フォルスは使わなかったの?」
私は首を傾げた。
何故、フォルスが関係あるのか。
私のフォルスがあの場で役に立つとはとても思えない。
「どうして?」
そう聞くと、が悲痛な表情になって俯いた。
悪いことを聞いてしまったようで、私は困惑した。
「・・私は、どうしても隊長がドクターを殺したことが信じられないのよ。」
何も言えなかった。
私だって信じたくない出来事だったから・・・否、今でも信じられない。信じたくない。
「・・・だから、誰かがどちらかと入れ替わって事件を起こしたんじゃないかなって・・・。」
ユージーン隊長が誰かと入れ替わっていたということだろうか。
そんなことありえない。顔を似せる技術なんてこの世界には存在しない。
心を操っていたなら、今でも隊長は牢獄でそれを訴えたはずだ。
だけど、彼は脱獄して逃走した。何の弁明もせず、彼は一人の兵を連れて逃げた。
これは、罪を認めたということではないか。
そこまで考えて、私は気分が沈んだ。
やはり、事件を否定する要素がなくなってしまったからだ。
「・・・隊長が入れ替わるなんてありえないよ・・・。」
私は壁にもたれかかって呟いた。
どうして、あんな事件が起きてしまったのだろう。
今でも、私はあの事件に懐疑の目で見ていた。
でも、否定できない事実しか残っていないのだ。
そんなことを考えていると、がぼそりと言った。
「・・・隊長が入れ替わっていたとは限らないわ。」
「へ?」
の発言に私は思わず瞠目した。
どういう意味なんだろう。
聞いたけれど、が首を横に振る。
「今のは気にしないで頂戴。」
けれど、は何か知っているんじゃないだろうか。
更に問い詰めようとしたとき、船内にミナールに着いたと知らせるベルが鳴り響いた。
「さ、みんなを呼びに行きましょう。」
が階段を降りていってしまい、私は後を急いで付いていった。
もう一度、さっきの言葉の意味を聞いたけれど、は微笑んだだけで何も言ってくれなかった。
ミナールに無事着いた私たちはまずミナールで任務であるヒューマの綺麗な娘探しを始めた。
「・・・だいたい、ヒューマの綺麗な娘を集めろなんてオヒメサマは僕達のこと舐めてるよね。」
サレがそんなことを言った。
それから、任務がつまらないとも付け足した。
「・・下手したら誘拐だしな。」
ミリッツァの言葉に、私たちは溜め息を吐いた。
そうなのだ。これは女王の勅命だが、どう考えても職務乱用な任務だった。
女王の勅命の内容が拉致誘拐だなんて、この国の政治はどうしてしまったのだろうと思う。
「・・女王様、何を考えてるのかな。」
三年前は、とてもこんなことをするような方に育つなんて思えなかった。
確かに世間知らずではあったが、人徳に反することはないと思っていた。
私はを仰ぎ、無言で意見を煽ったが彼女は何も言わなかった。
「きっと茶の間で話すお友達が欲しいんじゃないかい?」
代わりにサレが答えた。
あんたに聞いてないのに、と私は心で呟いた。
「だったら、別にヒューマじゃなくていいと思うんですが」
ワルトゥが妥当な意見を述べる。
「美人じゃなくてもいいよね。」
私も補足すると更に訳が分からなくなった。
結局、女王の真意については分からず、憶測ばかりで尾ひれが付いていく。
最終的に女王はヒューマを食うだの、美人を煮込んで薬にするなど、どっかの童話に出てきそうな魔女の話になり、自然消滅した。
にどう思うかと少し聞いたけど、彼女は沈黙しただけだった。
そして、私たちは北へと進路を変えた。
辺境からのほうがいいというのと、案外掘り出し物というか、そういうのに会えるかもしれない。
「美人の村娘ねぇ。難しいんじゃない?」
サレが厭味ったらしい口調で言ったけど、私は無視した。
この際、奴の好みに合わせている暇なんてないからだ。
「行って見ないとわからないでしょう?」
代わりにがサレに言った。
一応、隊長なので言うことは聞いた。
は最初は隊長を任されることを嫌がっていたけど、人選は間違えなかった。
前隊長には確かに劣る。指示は前の隊長より的確でも、統率力がないのだ。
それはきっと山籠りをしていた所為だと私は思う。
それがなければ、きっといい隊長だったに違いない。
場が盛り上がると、どうしても入っていけない傾向が彼女にはある。
雰囲気で物事が決まるのは良くないことを彼女は知っていても、周りに合わせてしまう。
それを破る事が出来たなら、彼女は前隊長を凌ぐほどになっていただろう。
「・・・、何をしている。」
ミリッツァに呼ばれてはっとすると、みんなはもう歩き出していた。
私は首を横に振って笑うと、ミリッツァの背中をたたいて走り出した。
ミリッツァとは結構気が合うほうなのだ。私たちは二人でを尊敬している。
最初、敵愾心があったミリッツァもの強さに圧倒されて、いつのまにか憧憬を抱いていた。
そんなミリッツァと私は密かに気が合ったというわけだ。
「なんでもなーい。はやくいこ!」
私は睨むミリッツァを尻目に走り出した。
2006-06-03 Written by mizuna akiou.