二人はとても不機嫌で出立の朝はあんまりよくはなかった。
私は必死で二人の仲介に入ろうとしたんだけど、うまくいかなかった。
幼き復讐者
私たちは漆黒トリオをラルレン大橋に送り、ワルトゥを小屋に置いて、出発した。
もちろん、二人は険悪なムードのままで、出発してからも喧嘩を始めた。
「こんなにゆっくり進んでいいのかなぁ?こんなんじゃ、彼らに追いつかれるよ?」
厭味ったらしい口調でサレがを挑発する。
は一見クールで冷静そうに見えるが、実は負けず嫌いで挑発に弱い。
私がを止めようとしたときには遅く、はサレを睨んで、その喧嘩を買ってしまった。
「あら、そんなことわかってるわよ。でも、今の彼らが私たちに勝てるわけないでしょ。追いつかれても支障は出ないわ。」
は淡々と言ってのけ、その後ろでサレの形相が恐ろしいものになっていた。
そのあと、何とかを言い負かそうとサレが挑発するが、すべては言い返した。
完膚なきまでに言い負かされるサレを見て、哀れに思ったが私が言ったところでを止められないに違いない。
トーマはほっといていいのか、と私に視線を向けるが、私は首を振った。
兵たちもおろおろとしていたが、特に問題は無さそうだし、クレアさんも心配そうにしているが私は気にしないように努めた。
とりあえずフォルスや体術やらが出てこないことを祈った。
だがミナールが見える場所に差し掛かったときに二人はとうとう物の投げ合いを始めた。
フォルスや体術じゃなくて良かったと思ったが、そうでもなかったらしい。
兵は上司の醜態に目を見張り、思わず立ち止まって混乱しているらしかった。
そのとき、呆けている兵をすり抜けて、クレアさんが逃亡を図り、何とか捕まえたが彼女はこけてしまって怪我をした。
さすがに二人はこれで喧嘩をやめたが、目が合うたびに睨み合うか、互いに目を逸らすかだった。
でも、二人は案外気が合っているようで片方が睨んで片方が目を逸らすなんてことはなかったのが少し面白かった。
そのあと、トーマとサレに娘を探しに行ってもらった。
私とはこの町に医者がいるのを知っていたので医者を探し、クレアさんの怪我を診てもらうことにした。
キュリア、と名乗る女性の医師にクレアさんを診察してもらい、手当てしてもらった。
クレアさんはヴェイグという青年に伝言を頼んでいるのを聞いてしまったけど、それくらいはいいだろうと思って見逃した。
その後、すぐに私たちはすぐに宿へと向かった。
すると、サレとトーマは既に娘を拉致していた。
ちょうど、人通りから見えない場所でひとけがない場所に彼女はいたらしく、穏便に済んだらしい。
思ったよりはやく終わったことに私は安堵した。
これで追いつかれる確率は減っただろう。
そして、私たちがミナールを出るときのことだった。
ミナールでは、エトレー橋が壊されたという話が出回っていた。
何でも、三人組の奇怪な連中がやったらしいとも聞いた。
たぶん、漆黒の三人だろうなあ、なんて私は考えていた。
だが、あの三人のフォルスはあんな大きな橋を壊せるほど強くない。何をしたんだろうか。
まさか、爆破しただなんて、に聞くまで私は思いもしなかった。
宿の代金を女王が用意したお金で払い、宿を出てきたときのことだった。
「王の盾の方々ですか?」
私は振り向いて、驚いて、そこに立つ少女を見つめた。
彼女も戸惑った様子で私を見て思わず俯いた。
「・・アニー・・・」
当惑しながらも私が名前を呼ぶとアニーが恐る恐る顔を上げた。
相変わらず短い栗色の髪は外に跳ねていて、その丸い瞳は戸惑いをを隠せず、揺れている。
何も変わっていないように思えたが最後に会った半年前よりも痩せていた。当然だ。
半年前とはいえ、彼女のたった一人の肉親がその親友の手によって殺されたのだから。
「・・・こんなとこで何してるの?」
彼女の心は理解できないほど苦しみを背負っているに違いない。
私は居た堪れない気持ちでアニーに声をかけた。
彼女の父であるケビン・バースこと、ドクター・バースは私の恩人だった。
城で彼に再会したとき、彼がすごい名医になっていたことに驚いたのをよく覚えている。
私が彼の病院でお世話になったときは、彼はまだ一介の医者でしかなかったのだから。
そんな彼とは何度か城であったし、食事に呼ばれてアニーと会った数も少なくない。
幼少時代の彼女も可愛かったが、再開したときの成長した彼女も可愛く、私のことを覚えてくれていた事がとても嬉しかった。
彼女を最後に見たのはドクターが死んだときだ。
まだ温もりは残っていたが脈の無い彼の傍らで彼女は声を上げて泣いていた。
今、その彼女は私を見て決断したように持っている杖を握り締めた。
「王の盾に入れてもらいたいんです。」
アニーがここにいたことよりも、私は更に驚いた。
彼女の父の命を奪った人がいた場所に身を置くなんて、いったい何を考えているんだろう。
私には遣う事がなかった改まった敬語が彼女の意思の深さを助長しているように思えて、私は困惑した。
「・・・どうして?」
彼女が王の盾に入りたい理由が私にはどうしても分からなかった。
アニーは顔を上げ、私を見た。
そこに迷いなど無かった。
「・・・あの人を探すんです。父を殺したあの人を・・・。」
彼女の声は低く、憎悪に染まっているのが聞いていて分かって背筋が寒くなった。
あの人はすぐに誰か分かった。隊長だ。
食事に呼ばれたときには必ずといっていいほど、彼はいた。
アニーは彼にそれほど興味を示さなかった。
歳の近い私と話す事が多かったし、ドクターも隊長と話していたからちょうど良かったのだ。
仲が良いといかなくても、身近な人間をこんなにも憎む事が出来るのが、とても恐ろしく思えた。
「探して、どうするの?」
私が恐る恐る聞くと彼女はいない彼を睨むように形相を険しくした。
「・・・殺す。」
まさか、アニーの口からそんな言葉を聞くなんて、思っても無かった。
私は驚いて、咄嗟に言葉を返せずに、アニーを凝視した。
アニーは俯いたが、言葉を続けた。
「・・・お父さんと同じ苦しみをあのガジュマには味わってもらうの・・・。」
彼女は呪詛のように言葉を続ける。
私は泣きそうになった。
掛け替えのない恩人の娘で、古くからの旧友がこんなかたちで人を憎むなんて。
今はいない隊長に、どうして、と問いたくなる。
弁明しなかった時点で彼は何も話す気は無いことは知っていた。
彼の心は頑なで私のフォルスの力でも彼の心を見ることは出来なかった。
私のフォルスは彼らが誰にも話さないと決めている絶対の秘密を見る事は出来ない。
あの日、どんなに私が牢で隊長を問い詰めても、彼は話す事がなかった。
「あなたはケビン・バースの娘さんだったわね?」
ふっと我に返ると、がアニーに質問をしていた。
その質問にアニーは頷く。
私はに感謝して、一歩下がって、目尻にこみ上げてきた涙を拭った。
「フォルスは?」
私はバースに聞いて知っていたが、アニーはフォルスがある。
彼女もあの落日に覚醒した能力者の一人だと、バースは落日によって傷ついたものを介抱しながら、苦笑した。
幸い、家が水浸しになっただけで大事には至らなかったと彼は苦笑した。
となると、きっとアニーは水関係のフォルスなのだろう。
私も彼女の返答をじっと待つ。
「・・・雨のフォルスです。」
雨のフォルスと聞いて、私は少し驚いた。
てっきり、水のフォルスだと思い込んでいたのだ。
アニーのフォルスが雨のフォルスを操る姿を想像して、少し複雑な気分になった。
「・・・今、使えるかしら?」
は少し考え込んで聞いた。
雨のフォルスはどれくらい使えるか分からないからだろう。
「はい。」
アニーは返事をしたのを確認すると、は傍にあった木を指差した。
「あれに、雨を降らせることは出来る?」
アニーはの質問に頷いて、杖を両手で持つと目を瞑った。
淡く青い光がアニーを纏い、空中に雨雲が少しずつ大きくなる。
アニーはたまたま傍にあった花壇に雨雲を移動させ、雨を降らせた。
フォルスのコントロールは完璧だ。
それを見て、が僅かに目を見張る。
「・・・なかなかだわ。・・・そのフォルスを使ってできることは?」
は感心しながら、再び質問した。
アニーは少し考えながら、霧を発生させることも出来れば、雪も降らせられると告げた。
つまり、空気中の水分を自由にコントロールできるのだろう。
はそれが出来る範囲も聞いた。
町一帯ぐらいは無理すれば何とかとアニーは口ごもりながら答えた。
その辺は自信がないのだろう。
「・・・あの人を殺すのは、本気?」
は更に聞いた。
私は未だに信じたくない気持ちでアニーを見る。
だが、彼女はしっかりと頷いた。
「・・・まさか、その子を入れるとかいうんじゃないだろうねぇ?」
二人はクレアに逃亡する隙を与え怪我をさせた一件で喧嘩してなかったのだが、やはり嫌悪は消えないらしい。
かなり嫌そうにしながら、彼は進言した。
だが、入れるとなったら四星としては黙っていられなくなったのだろう。
「・・・そういうことになるわね。ミナール平原へ彼女を行かせるわ。」
は今いる兵をざっと見て、アニーを見る。
「・・・殺し屋を貴方のために雇うわ。」
彼女は驚いたように大きな瞳を見開いた。
私も負けず劣らずだったのではないかと思う。
まさか、がそんなことを言うなんて思いもしなかった。
殺し屋を雇って金を払った。
そして、アニーには明日、ミナール平原に向かうようにと、は言って、私たちは出発した。
ミナール平原を歩いている間、私はアニーの事が頭から離れなかった。
あんなに優しく、いつも笑っていたアニーが、人を殺すことを考えるようになるなんて。
現実を信じたくない気持ちでいっぱいで、の行動だって信じたくなくて、私の心は揺れていた。
「ねぇ、。」
私が話し掛けると、は無言で振り向いた。
俯いた私にはを顔を見ることは出来なかったけれど、見ようと思えなかった。
何故か、が無性に怖いと思った。
「・・・どうして、アニーを平原に?」
本当はどうして、アニーがヒトを殺す手伝いなんてするの、と聞きたかった。
だけど、怖くて、聞くことなんて出来なかった。
「・・・隊長はアルヴァン山脈を通るの。絶対平原を通るわ。」
は遠くに聳えているアルヴァン山脈に目を向けた。
私はエトレー橋を彼らが渡ってないとは確信していることを知った。
だけど、私の心は晴れなかった。
「・・・彼らには殺し屋をつけてもアニーは勝てないわ。だから、彼女にはその足止めを手伝ってもらう。」
つまり、彼女の気持ちを利用したということだ。
私は悲痛な気持ちで項垂れた。
アニーには申し訳ない気持ちでいっぱいだった。
同時にを軽蔑した。
なんで、こんなことになったんだろう。
どうして隊長はドクターを殺したんだろう。
あの時、体長の心を壊してでも、彼の心中を探るべきだったんだろうか。
今まで押し殺してきた疑問が堰を切ったように溢れ出してきて、私は涙が出そうになった。
「・・・ごめんね、。」
の謝罪の声で私は媛華を責める事が出来なくなってしまった。
仕事だと割り切れない私は子供だ。わかってる。だけど、この気持ちを抑える事が出来なかった。
「・・・アニーにもこの方が良いと私は思ったの。」
隊長は彼女を殺さないし、アニーにとっても彼と話をしたほうがいいのだと、私に諭す。
確かに、私たちといてもアニーは救われないだろう。隊長だってアニーに殺されるとは到底思えない。
私は頭で、その事を整理しながら、歩いた。
は黙っていてくれて、サレもトーマも他の兵も黙っていた。
「そう、だよね。」
私はやっと気持ちにも整理ができて、そう呟いた。
すると、は申し訳無さそうに微笑んだ。
「・・・また、アニーにも会えるでしょう。」
がそう言ったのに頷いて、私は漸く顔を上げた。
鬱葱とした森が前方に迫ってる。迷いの森だ。
2006-07-26 Written by mizuna akiou.