後遺メランコリー 私の前には彼がいる。 なのに、私の心は晴れない。 今は空洞の眼窩が激しく針で突かれたような痛みを覚えた。 お願いだから、貴方は来ないでよ。 落ちぶれた私の姿を見せたくなんかないのに。 「どうして、ロイは私のところへくるの。」 彼は切って持ってきた林檎の容器をあけながら顔を上げた。 見ないで。私を見ないで。 私は俯いて、彼の顔を見ないようにする。 今も悪夢に囚われて病院に閉じ込められたままの私なんか切り捨ててよ。 「・・・なんでだろうな。」 はぐらかされて、彼は林檎の容器を差し出す。 私の大好きな林檎。彼はよく覚えている。 私なんかより、ずっと私のことを知っていそうで時折怖くてたまらないほどに。 「また食べてないだろう。痩せたぞ。」 そっと、私の頬に触れ、髪をその手に絡める。 お願いだから、触らないでよ。 私はそれさえも口に出せないで、黙り込むばかり。 貴方が来ると、一時的に悪夢は治まるけど、貴方はすぐ行ってしまう。 ごめんなさい、弱くて、脆くて、壊れてしまった私の精神のために無駄な労力を使わせてしまって。 貴方が負ったあの火傷は治ったのかしら。 私の所為で、ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい・・・。 「。」 彼の声ではっと我に返る。 だけど、罪悪感が纏わりついて、私は顔を上げることすら叶わなかった。 お願いだから、私のところで止まらないで、私を置いていってよ。 私のことなんか、いっそ殺して、忘れてしまってよ。 「、自分を責めるな。」 繰り返し傷つけた私の腕を彼はそっと覆って、彼は悲痛な顔で私を見つめた。 お願いだから、そんなことを言わないで。 これ以上、罪悪感にも、欠落感にも悩みたくない。 だけど、今は無理なの。淋しくて悲しくて、自分が愚かだと罵らずにはいられないよ。 私が私を殺してしまうくらいに。 「・・・私だって、たくさん殺したんだ。直接手を下していた君の気持ちは・・・わからない。だけど、あれは君だけが悪いんじゃない。」 わかってるよ、わかってるよ、わかってるよ、わかってるよ、わかってるよ。 だけど、止められないんだ。自分を責めて、傷つけて、殺そうとして。 あの悪夢を見るたびに、私はどうにかなってしまうんだよ。 「、君は悪くないんだよ。」 嗚呼、お願い。そんな優しい言葉。 私じゃない誰かにかけてあげてよ。 捨てきれない玩具みたいなそんな愛着は焼いていいのに。 「・・・、こっちを向きなさい。」 子供をあやすような優しい声。 ねえ、貴方が私のところへこなくなるのはいつ。 私に愛想をはやく尽かして、誰かと遊びに行けばいいのに。 いつまでも、貴方の方を向かない私。 ほら、意地っ張りでしょ。こんな私は捨てて、はやく・・・。 それなのに、彼は無理矢理、私の顔を挟んで自分の方を向かせて、私の片方しかない瞳を覗きこんだ。 そして、眼帯をした私の空っぽの眼窩に唇を落とす。 どうして、今更、こんな。 「愛してるよ。」 私が反論する前に彼はそんな言葉を置いて、林檎も置いて、白い扉に消える。 残された私はまた自己嫌悪に陥る。 ごめんなさい、弱くて、貴方の傷も癒せなくて、世話になりっぱなし。 こんな私、愛する価値なんてないのに。 彼が置いていった林檎。 ただでさえ食べ物を粗末にしている私はこれを食べなければという強迫にかられ、爪楊枝に一欠けら、林檎を刺す。 林檎をゆっくり口に放り込み、噛めば、甘い味が広がった。 片方しかない瞳はいつの間にか涙の膜が張って、瞳を閉じれば、涙は頬を流れ落ちた。 ごめんなさい、立ち直る事が出来なくて。 ・・・私はいったい、いつ悪夢から逃れられるんだろう。 |