線香花火 部活が終わり、すっかり町が橙色に染められる。 夕闇、家へと帰る道。 歩きなれた道で、ふっと人影を見つけた。 「あ、百目鬼!」 向こうもこっちに気がついたらしく、手を振った。 誰だというのもすぐに分かり、そいつはすぐに駆け寄ってきた。 「久しぶり!」 しゅたっと手を上げ、そいつは笑った。 「なんでこんなとこにいるんだよ、。」 名前を呼ぶと、うーんと首を捻る。 なんとなく嫌な予感を感じた。 「ぷち家出、かな」 は困ったように言う。 中学を卒業して以来久しぶりだな。 俺は呆れて、溜め息を吐いた。 家に連れて帰り、はいつものように俺の両親に挨拶した。 驚いたようだったが、何も言わなかった。 は母方の親戚に当たる人間で小さい頃からよく遊びに来ていた。 「わー、久しぶりだな。」 浴衣を渡すとは懐かしそうにそれを手に取った。 最後に家出と称してうちに来たのは中学最後の月だった。 背丈は変わっていないようだから着れるだろう。 「・・・今回はどうしたんだ。」 聞いてみるとは口を尖らせた。 話す気はないという意思表示だ。 詳しい家庭事情は知らないが、は親と仲が悪い。 中学時代はよく家出といってこの家に来ていた。 「ちょっと喧嘩しただけだよ。」 言葉を濁して、は荷物と浴衣を置いた。 そして、荷物から花火を取り出した。 「しようよ、これ。」 俺は頷いて、立ち上がるとも同時に立ち上がった。 バケツや蝋燭を用意して、寺の境内へ入った。 石を敷き詰められた庭にそれらを置いて、蝋燭に火を燈す。 そして、花火に火をつけた。 「本当はね。」 赤く膨らんでいく火薬を見ながら、が呟いた。 「ひとり暮らしなんだ。」 俺が花火から目を離し、を見た。 はぱちぱちと音を立てて瞬くように光る花火を見つめていた。 「ちょっと、寂しくなっただけなんだよ。」 相変わらず小さなぱちぱちという音と淡い光がを照らしている。 「・・・親はどうしたんだよ。」 高校生で一人暮らしをさせるのは、どうかと思った。 一人暮らしをしているのは知り合いの中で四月一日だけだ。 の線香花火が落ちた。 「・・・うん、離婚しちゃった。」 光を失う火薬を見つめながら、呟くようには言った。 「まあ、前々からそんな話は出てたんだけどね。」 わざと明るくは言うと立ち上がって笑った。 その背は既に俺よりもずっと低くて、その笑顔に拍子抜けしたが、じっとを観察した。 暗くてよくわからなかったが、目が赤くなっているような気がした。 「泣かないのか。」 から笑顔が消えた。 俯いて、軽く足元を蹴る。 「・・・泣かないよ。」 強がりだ。 いくら嫌っていた両親とはいえ、寂しくないはずはないだろう。 だけど、どうすればいいのかわからず立ち尽くしていた。 すると、がふいっと振り返った。 「嘘。今、泣きそう。」 涙を精一杯堪えているのか、の表情は苦しそうだった。 なんだか、やけにが小さく見えた。 「なんかさぁ、振り回すだけ振り回しといて、何って言う、感じ・・・」 溜まりに溜まった何かを吐き出すようには呟いた。 何を言えばいいかなんてよくわからなかった。 だけど、何か言わないといけない。 そんな焦燥にかられながら、俺はを見ることしか出来なかった。 暫く、は何も言わなかった。 「もう、なんか・・・」 自暴自棄になったようには呟き、再び境内の石を蹴った。 丸い石はこつんっと軽い音を立てた。 「・・・らしくないな。」 そういうと、が唇を突き出して憤慨するような姿が一瞬見えた気がした。 だけど実際、は俯いたまま何も言わない。 「・・・そんなこと、わかってる。」 泣きそうな声だった。 俺は星の瞬く夜空を仰ぎ見た。 「泣くのは、弱いことじゃないと思うけどな。」 返事は返ってこなかった。 を見れば、俯いたまま、何も言わない。 俺も何も言わず、空をもう一度見上げようとしたときだった。 が俺に抱きついた。 驚いたが何も言わず、そっと頭を撫ぜた。 「よく、頑張ったな。」 から小さく嗚咽が聞こえた。 花火はとっくに光を失って、バケツの水の中で揺れていた。 2006-08-06 Written by mizuna akiou . |