やっと、ひとけが無くなった。
大会のひとけがとにかく目障りだった。
騒がしい場所が嫌いな所為だろう。
大会の間、ずっといらいらしていたが弓を射るときだけは冷静になれたから、問題はなかったけれど。
それでも、やっぱり人混みも人が群がっているところも大嫌いだった。
大会が終わった後の試合場は驚くほど静かで、一人で座るのも静けさも、すべてが安らぐ。
本当にさっきまで人がいたのかと疑うほどに人はいない。
そんな不思議な気持ちに慣れるのにも時間は掛からないし、むしろ、それも一興だ。
私は深く溜め息を吐いた。
そんなとこに一人でいると、誰かがやってくる気配がした。
振り返ると、見覚えのある男子だった。
向こうも私に気がつき、目が合った。
確か、男子の方の優勝者ではなかっただろうか。
興味はなかったので見てはいなかったが、確かそうだ。

「こんにちは。」

もう「こんばんは」に近い時間かもしれない。
声にした後に気がついたが口に出した言葉は戻らないので私が黙って彼を見つめていると、彼も同じ挨拶を返した。

「忘れ物でも?」

聞いてみたが彼は首を横に振った。
他に理由を考えてみたが思いつかない。
だが、別に彼のことを考えたところで仕方ないのですぐに考えることはやめた。

「・・・、だったか。」

彼は無言の後にそう聞いた。
私は彼に名前を教えた覚えはないが、どこかで聞いたのだろう。
そう自分に言い聞かせて、頷いた。

「・・・久しぶりだな。」

私は首を傾げた。
彼の顔は見覚えがあるようなないような気もするが、わからない。
私に男の子の友達なんて人生においても数えられるくらいだし、名前も顔も一緒に出てくるし、いつの友達かも全員出てくる。
だが、彼の名前は愚か、いつの友達かさえ覚えがない。

「まあ、覚えてないのも当然だな。」

彼はそう言って、彼は私から視線を逸らした。
男子の部の優勝者であることは間違いない。
だけど、それ以上の記憶は出てこないし、自分だけ何も知らないようで腹立たしさが募った。

「・・・貴方の名前は?」

名前を聞けば、もしかしたら思い出すかもしれない。
少なくとも、名前を知って損をするということはないだろう。
彼はそれを聞いて逡巡したようだったが答えた。

「・・・百目鬼静、だ。」

百目鬼静。
彼の言葉を反芻させて、私は目を見開く。
まさかそんな・・・・。
信じられない気持ちで、彼を眺めた。
確かに面影がある気もするが、そんなこと。

「思い出したか。」

彼の言葉で私ははっと我に返った。
私は彼の脚から頭まで眺め、やっとのことで口を開いた。

「静、なの?」

彼は何も言わなかった。
肯定と取っていいだろう。
だが、私は未だに信じられなかった。
もし、あの静だとすると十余年ぶりに会うことになる。
ただ、ひとつ・・・。

「き、着物着てたよね・・・?」

私はよく寺に言って遊んでいた。
そこには、あまりしゃべらない少女がいて私はその子とよくおしゃべりをしていた。
確かに口調は男の子っぽかったけど、まさかその子が・・・。

「ああ、着てたな。」

あっさりと言われ、私は唖然とした。

「やっぱりわかんねぇよな。」

彼は視線を巡らせ、そっと私に近付いた。
私はまだ混乱していて動けず、彼の顔に釘付けのままだった。

「・・・おまえ、本当に変わらないな。」

そう言って、彼は私の頭に手をぽんっと置いた。
わたしはどうしていいかわからず、未だに彼の顔を見つめたままだった。

「・・・し、静なんだよね・・・。」

さっきまでは興味もなかったのに、静だとわかると急激に意識してしまった。
そういえば、彼の仕草はどこか静に似ている気もする。
だけど、彼が静だと未だに信じられない。

「どうして・・・。」

彼はそっと私から手を離した。

「呪術っていうのか。丈夫に育つようにって言う習わしらしい。」

彼はそう説明した。だからってそんな。

「・・・言ってくれればよかったのに・・・」

私が恨めしげに呟くと、またもや頭にぽんっと手を置かれた。
彼は私をからかっているのだろうか。
だけど、表情が少ないところとか、眼は似ている気がする。
半信半疑、というのが今の私の気持ちだろう。

「・・・。」

そう呼んだ彼の声は静かの声ではなかったけど、どこか静を感じさせる声だった。
彼が静だと一端思うと、彼のすべてがそんな風に見えてくる。
思い込み、かもしれない。
決定的な証拠を見つけようと、私は彼を見る。
私が腑に落ちる事が出来る証拠が欲しかった。
だって、私が知る静は彼のどこにも見受けられない。
姿も声も何もかも変わってしまった。
そっと、目を上げると、静は笑った。
一瞬だけ、幼い頃の静と重なった。

「あ、・・・・」

それは一瞬で、彼の笑顔はすぐに消えてしまった。
だけど、私は漸く疑惑から放たれ、彼が静だと確信した。

「・・・静、なんだね。」

彼は驚いたように目を見開いたがすぐにふっと笑って、頷いた。
ああ、静だ。私も昔のように微笑み返した。



面影消えるとも




2006-08-06 Written by mizuna akiou .