犯罪組織と呼ばれるマフィアの集団。
彼らの中にはいかなる場合も首領がいる。
呼び名は違えど、その首領が中心であることは間違えない。


その少年がやってきたのは、雨の降り注ぐ日だった。
私たちがボスの帰りを待っていると、ノックが入った。

「やっと、お帰りか・・?」

顔を向けたのは浅黒いアフリカ系の男。名前は覚えてない。
私も続いてじっと扉を見つめる。
ボスは一度もこの家にノックして入った事はない。
その扉は、やけにゆっくりと開いて、そこにいたのは少年だった。
私は驚いて目を見張る。まだ17、8歳くらいだろう。
大きな瞳が印象的だった。
彼は無言でわたしたちの部屋へと足を踏み入れる。
雨の中、傘も差さなかったのだろうか。
服から雫が落ちて、彼の通ったところには水溜りができていた。
彼は片手に何かを持っている。
麻の袋だと思うが、その端が赤黒く染まっている気がした。

「・・・お前らのボスの首だ。」

彼はそう言って、麻袋を投げて寄越した。
そこからは、ごろんっと首が転がる。
固まりかけていた血が、どろりと滴り、床を黒く染めた。

「ボ、ボス!!」

それを見て、私以外の人間が慌てて立ち上がる。
職業上、人の死体を見るのは慣れているが、ボスとなれば話は別だろう。
私は目を上げて、少年を見る。

「貴方はサツ?」

その言葉を合図に動揺していた仲間は持っていた銃を取り出し、少年に向けた。
私がいることに初めて気付いたように彼は私のほうへと視線を向けた。
彼も驚いたらしく、大きな瞳を少し見開いたがすぐに元に戻る。

「・・違う。」

彼ははっきりと言い放った。
私は手元においてあった紅茶を掻き雑ぜて、頷いた。

「そうね。サツだったら、ひとりで乗り込んでは来ないわね。」

私は紅茶を口に含み、渇いた喉を潤した。
沈黙の中、視線が少年と生首と私に集まる。

「・・・殺るか?」

傍にいた男が聞いた。
私は首を横に振る。

「いいえ。」

私の声を聞いて、傍にいた男が銃を降ろした。
それを合図に全員が目配せし、わけがわからないままというように銃を降ろす。
その様子を見て、、少年が顔を顰める。

「おまえ、誰だよ。」

私はその問いに微笑んだ。

「私はこのファミリーのボスよ。」

少年は転がっている生首と私を見て、どういうことだというように顔を顰めた。
無論、そんな顔をしたのは少年だけではなかった。








隣でパキッとチョコレートを割る音が聞こえた。
私は気にせずに、紅茶を掻き雑ぜる。

「・・・こんな小娘がボスだって聞いたときは確かに驚いたな。」

メロは、そう言ってまたチョコレートを歯で割る。
私はくすくすと笑った。

「私だって、いきなり来た少年が生首を転がすんだもの。驚いたわ。」

冗談めかしてそういうと、彼は面白く無さそうに鼻を鳴らした。
実際のところ、マフィアの実権を握っていたのは私だった。
敵を欺くため、私は日頃から代役を立てていた。それがあの生首になった奴だった。
もちろん、中には本当にそいつがボスだったとしている人間もいる。
たぶん私がボスだと知っていたのは四分の一もいなかったんじゃないだろうか。

「・・・お前も言うよな。」

メロはぼそりと呟いた。
私は紅茶を口に含み、笑った。
そんな様子を面白く無さそうに、メロは見つめた。

「・・・。」

名前を呼ばれ、私が顔を上げると、メロの顔が迫ってきた。
私が特に驚きもせずに、そのまま口付けられる。
マフィアにしては珍しい、お菓子のチョコレートの甘い味がした。

「・・・驚かないのか。」

唇が離れて、メロが聞いた。

「マフィアの女が体を使わない事があると思う?」

私が聞き返すとメロが顔を険しくさせた。
冗談よ、と私は打ち消したがまだ半信半疑らしく彼は私を引き寄せる。

「・・・おまえ、ほんとはいくつ?」

「さあ?」

はぐらかすとそのままソファへと押し倒された。
ああ、やばいな、なんて思ったけど、黙ったまま、メロを見上げる。

「・・・本当に誰にも抱かれたことないのか?」

私は何も言わなかった。
メロは暫く無言だったが、答えない私に痺れを切らしたのか、舌打ちする。
そして、私の上から退いた。
私は起き上がるとメロの顔を覗き込んだ。

「・・・ごめん、気悪くした?」

不機嫌そうに顔を手に乗せているあたり、どうやら私は彼の機嫌を損ねたようだ。
だけど、その様子が子供そのものだったものだから、大きな弟を持った気分になる。
そんな様子を見ていると私まで子供っぽいことをしたくなって、私はさらに彼の前へと顔を寄せる。

「ねー、メロ?」

彼は名前を呼ぶとふっと顔を逸らす。
その仕草もなんだか可愛く見えて、怒らせているというのに罪悪感が起こらない。
私が彼の体に触れると、彼はびくっと反応を見せた。
そして、なんだか恨めしそうな目で私を見る。

「・・・おまえ絶対俺の事、下に見てるだろ。」

もちろん、それは事実で私はくすっと笑った。
気に入らないメロはそっぽを向く。
私がメロをもう少しからかおうと身を乗り出したとき、、私たちの部屋にノックが入った。

「ボス、取引の時間だ。」

私は急いで時計に目をやる。
取引の時間から、きっちり20分前。
今から向かうのに充分な時間だ。
残念だ、と体を起こして、私は服を整えた。

「・・・じゃあ、メロ、続きはまた明日ね。」

私は振り返ってにっこりと笑って手を振ると部屋を後にした。
少しからかいすぎたかな、と今更になって罪悪感が胸裏を過ぎった。




部屋に残されたメロは、じっとの出た扉を見つめる。
マフィアの世界では常に命を狙われているようなもの。
を送り出す身としては複雑な心境だが、なら大丈夫だという確信もある。
頭がいいというより、機転の利く少女のボス。
そんな彼女への恋心は隠せるようで隠せていない。
知っていてからかってくるだが、悪気は一切ないのだろう。
それを分かっていながら、彼女に惚れている自分も自分だ、とメロは思う。
には翻弄されっぱなしだ、とソファーに深く体を預け、自らの腕で目を覆う。
帰ってきたら、直球に言ってみようか。好きだとか、愛しているとか。
そんな言葉を掛けられた彼女の反応がいまいち想像できなくて、メロは試してみたくなった。
メロは彼女の無事を祈りながら、早く帰って来いと念じてみた。



そして、に二言ほどの愛の告白に近いようなことを囁くと茹蛸のように赤くなって何も言わなくなるという一面を見せるのは次の日の話。



2006-08-05 Written by mizuna akiou .