彼は笑わない。
少なくても、私は笑ったところを見た事がない。
いつもの公園と称される集合場所で私たちは集まっていた。
理由は単なる侑子さんの気紛れだ。
九軒さんは用事らしく、来られなかった。
侑子さんと四月一日君が戯れているのを脇に私はじーッと百目鬼を見つめた。

「どうしたの、ちゃん。」

いつのまにか、侑子さんはいつもの視点に戻っていたらしい。
四月一日も百目鬼も手を止めて、私を見た。

「いや、それは、あの、その・・・・。」

私は慌てて弁解しようとしたがしどろもどろになってしまった。
それを愉快そうに侑子さんは見つめ、四月一日は何か勘違いをしているらしかった。

「・・・表情。」

笑顔というのは何か気恥ずかしくて、私はそう表した。

「表情ー?」

四月一日がいつもながらちょっとオーバーなリアクションをして私を見た。
その後ろで、侑子さんはやっぱり楽しそうだった。
彼女は私の意図なんてお見通しなんじゃないだろうか、と時折思う。

「だって、百目鬼ってほとんど表情ないじゃない?」

私がそういうと四月一日が納得したように鉄面皮と彼を称した。
百目鬼はそんなことにも動じずに黙々と四月一日お手製の料理を食べている。
挑発とかにも乗らないし、こっちが動揺するような場面でも彼はほとんど表情一つ変えない。
冗談を言うときでさえ、さらりと言ってのける。
彼に表情というものは存在するのだろうか。
そんなことを悶々と考えていたら、お弁当が百目鬼によって平らげられているのが目に入った。
これ以上考えていても埒があかないし、四月一日のお弁当をほとんど食べずに終わるなんて勿体無い。
そう思った私は百目鬼の胃袋にすべて収まる前にと、箸を動かした。




帰り道。
最後のほうには酒盛りに発展していて、唯一酒に弱い四月一日が最後には酔い潰れていた。
それを侑子さんが無理矢理起こして、明日の朝食を作ってもらうと連れて帰った。
残った私と百目鬼は同じ道だったから、一緒に帰ることになり、今に至る。
いつもは少し遠回りだったが九軒さんと帰っていたが九軒さんがいないので仕方ない。

「百目鬼の家って寺だったよね。」

もちろん、百目鬼の家である寺の存在は私も知っている。
私の家ではお葬式は代々あの家で請け負ってもらうし、よくお参りもするからだ。
根っからの仏教徒というわけでもないけれど、まあ今の日本じゃどこも同じようなものだろう。

「ああ。」

彼は頷き、それ以後何も言わない。
そういえば口数も少ない方だよね、と今更思った。

「侑子さんのお誘いでいつも一緒に食事しているけどいいのかな。」

ふっと疑問に思ったので口にしてみた。
侑子さんのお店に入って以来、私は彼らと度々食事やらなにやら怪しげな集まりとかに参加している。
四月一日はバイトさんだし、百目鬼は四月一日の友達みたいだからいいけど、私は部外者だ。
少なくとも、私は彼らと同じクラスでもなければ、学校でもない。
繋がりは侑子さんだけだ。

「いいんじゃないか。あの人がいいって言うなら。」

あの人が一瞬誰だか分からなかった。
侑子さんのことだろうか、と思ったが特に聞かないことにした。

「うん・・・。まあ、そだね。」

まあ、普通に話せるし、いいのかな。

「そうだよね、四月一日の料理がたらふく食べられるし!」

それ重要。
だって、四月一日の料理はおいしすぎる。
同じ学年だと思えないくらい、料理上手だ。
一人暮らしで男の子なのに、すごい。
友達にも一人暮らしとか料理を作っている子はいるが、あれほどうまい子はいない。

「まあ、あいつは不味いもんはつくらねぇからな。」

百目鬼も認めてるし。
四月一日の料理は貴重だよ、うん。

「それに阿呆だからな。」

えっ、それって関係あるの。
百目鬼にとっては料理と阿呆で四月一日は出来ているのか。

「そういえば、百目鬼は何部?」

なんか部活は入ってるみたいなことをどこかで聞いたような気がする。
四月一日からだったか、侑子さんからだったか、九軒さんからだったかは忘れたが。

「弓道部。」

ワオ、イメージ合いすぎ。
名前の雰囲気にぴったりの上に本人にも似合っている。
寺で弓道部で・・・純和風だ。
まあ、言ってる傍からその寺が見えてきたよ。

「じゃあ、百目鬼、ばいばい!」

寺の前で止まった百目鬼に手を振った。

「ああ。」

すると、百目鬼が微かに笑った。
私は驚いたけど、こっちも笑顔で返して、背を向けた。
気がつけば、心臓がすごい速さで高鳴っていた。








2006-08-05 Written by mizuna akiou .