番外編 子守唄代わりの昔話








王の盾、並びに孤月を追いかけるヴェイグたちはあれからベネット家で旅支度をし、早朝に家を出たが、ケケット街道沿いの小屋で休むことにした。
初めて旅をするヴェイグは、大量のバイラスを相手にするのも、仲間に気を配るというのも初めてでかなり緊張していたし、その所為でかなり体力を消費しているのは目に見えていたからだ。
だが、ヴェイグは眠れない様子で暗がりの中、ベッドに腰掛けているのが見えた。

「眠れないのか。」

少し起き上がって、声を掛けると、驚いたように振り返った。
起きているとは思っていなかったらしい。
ヴェイグは窓際のマオの隣に眠っていて、俺はマオの向かいに眠っていたから死角だったのだろう。
ああ、とヴェイグは短く答え、前を向く。
仄暗い部屋では分からないが、きっと此処からはヴェイグの後姿が見えるのだろう。
何を考えているのか、なんて愚問だと思えるほどヴェイグは直情型のヒトだった。

「・・・クレアさんのことが気になっているのか。」

聞いてみると、僅かな唸り声と沈黙とマオの寝息が混じって聞こえた。
十中八九、ヴェイグはクレアさんという幼馴染が気になっているのだろう。

「寝ておけ・・・・・・と言っても眠れるものではないかもしれないな。」

ヴェイグというこの青年のクレアという少女への並々ならぬ執着心。
尋常ではない、というべきか。彼はあの少女に依存しすぎている。それが何故なのか。
見ているところ、堅い雰囲気のあるヴェイグは同世代の人間に溶け込めないだろう。
だが、その外見とは裏腹に典型的な直情型の人間であるヴェイグ。
そうなれば、肉親同然で幼馴染と縁の深い彼女への執着も頷ける。
だけど、それは一歩間違えればすべてを危険に晒していた。
もし、あの場で対峙したのがではなく、サレ、もしくはだったら、彼らは躊躇うことなく、俺たちに手を下していただろう。
死に至らずとも、すぐに出発できるような状態ではなかったに違いない。
あの場でが憎まれ役を買って出たのは、俺たちのことを考えてのことだったのかもしれない。
俺は寝返りを打ち、ヴェイグに背を向ける。

「だが、どんな状況でも眠れるようにしておくんだ。後々がつらくなるぞ。」

そう釘を刺して目を閉じると、頷いたヴェイグの声が小さく聞こえた。

「わかっている。」

相変わらずマオの寝息が聞こえていた。
暫く耳を済ませていたが、いつまで経っても布団に入るような衣擦れの音がしない。
さすがにだいぶ時間が経って、俺は振り返る。

「ヴェイグ、横にだけでもなっておけ。それだけでも随分違うからな。」

そういうと、ヴェイグは不満気だったが、すごすご布団に潜り込んだ。
俺は苦笑し、眠れないヴェイグに昔話でもしようかと思った。

「・・・ヴェイグ、一つ話をしてやろう。何か聞きたいことはあるか?」

暫く沈黙が流れる。
やはり、こういうのはとっくに卒業しているか。
俺が寝ようと瞳を閉じたとき、僅かにヴェイグの声がした。

「なんだ?」

聞こえなかったので、聞き返す。
すると、意外なことをヴェイグは聞いた。

だったか・・・。そいつのこと、教えてくれないか。」

クレアさんのことばかり、気にしているのかと思えば。
いったいなんなんだろうか。この年頃は難しいかもしれない。
そう考えながら、一番最初に思い出したの光景を語ることにした。







来客があると告げられて、俺はミルハウストと顔を見合わせた。
ラドラス様が倒れられて以来、すぐ対応できるように、またラドラス様からの命令を即時反映させられるように俺とミルハウストはラドラス様の部屋の警備に当たっていた。
ラドラス様が床に伏せられてから、王族関係者は顔を見せ、見舞いにやってきた。
粗方、もうすべてきたと思っていたのだが、まだいたのかと、驚きながら、通すようにと兵に伝える。
暫くしてやってきたのは驚いたことにヒューマの女性だった。
茶色い艶のある髪を一つに束ね、高い位置で結い、まっすぐに立っていて、どこか気品が漂っていた。
そして、その脇に15くらいの子供がいた。長い髪をまっすぐにおろし、あちこちキョロキョロと視線を泳がしている。
この異様な二人が場違いであることは火を見るより明らかだった。

「ラドラス王の部屋はこちらでしょうか?」

彼女は丁寧に聞いて、彼女がラドラス陛下に謁見することにひどく驚いた。
王族と馴染みあるヒューマは少ない。その中でも彼女は飛びぬけて若いように見えた。

「何か会う約束などはしているのか。」

ミルハウストが聞くと、彼女はゆるゆると首を振った。
彼女の様子に彼は眉を顰め、なら通せん、と言い放った。

「名前を伝え頂ければ、ラドラス王から許可が出ると思うんですけれど。」

さすがに邪険に扱うわけにも行かず、不審に思ったが、彼女の名前を聞いた。
。それが彼女の名前だった。
それをラドラス陛下に伝えると、彼女が言ったとおり、すぐに通すように言われた。
彼女は一礼し、そのまま去って行くと思われたが、私のほうを向いて、微笑みかけた。

「すいませんけど、この子の相手を暫くお願いします。」

そう、俺に言付けると黒髪の少女を置いて、彼女は陛下のおられる寝所へと消えた。
その子は俺のことを不思議そうに見つめていて、対応に困った。
子供のお守りをした事がなかったからだ。
けれど、彼女は黙ったまま、俺を見つめ続けた。
だが、代わりにミルハウストが彼女に先に声をかけた。

「初めまして、お嬢さん。私は将軍のミルハウストです。貴方のお名前は。」

彼女は長い髪を翻して振り返った。
そして、微笑んだ。

。」

その瞬間、俺たちは凍りついた。
というのはこの辺でも有名な孤児院の名前だ。
つまり、今目の前にいる少女は孤児という意味で、先程のと名乗ったのは養い親ということだろう。
複雑さが目に見えて口籠る。
気がつけば、少女の興味はまた俺に移っていた。

「何だ?」

そう聞くと彼女は、ぱっと明るく笑った。
そして、にっこりと微笑む。

「ガジュマさんとお話したの初めてなの。此処にくるまでガジュマもあんまり見たことなかったから少し緊張してたけど、案外普通なんだね!」

彼女は早口で捲くし立てて、思わず混乱する。
ガジュマのいない村というのはあまり聞いた事がない。
ヒューマとガジュマとが分けられた町や、ガジュマだけの町なら聞いた事があるが、ヒューマだけの村なんて存在するのだろうか。

「ガジュマって怖そうだと思ってたけど、全然怖くない。」

彼女はまだしゃべっていたらしいが、聞いていなくて特に気にしないようだった。

「君はどこに住んでいたんだ?」

腰を屈めて、彼女に聞いてみれば、彼女は首を傾げた。

「氷山の上。空中庭園って言うところに住んでたの」

空中庭園。
書物で読んだ事が歩きがするが、あれは幻のものだったような気がする。
目の前の少女が嘘をつくか否か、今は分かりそうもなかった。


それから数時間。彼女の舌は止まることを知らず。
時折、舌が縺れて、照れ笑いをしてたりして、最初の方は楽しかったが、だんだん彼女のペースに追いつけなってきた。
やっと、彼女の保護者であると思われるが出てきたときには、疲れきっていた。

「お相手、有難うございました。疲れたでしょう?」

は苦笑しながら、謝礼を述べた。

「いえ、そんなことは・・・」

微塵もないとは言えなかった。
彼女が出てきた瞬間、は彼女に抱きついた。
相当、懐いているらしく、かなり仲が良いようだった。

「あ、それとユージーン・ガラルドというのはどちらですか?」

と一通りスキンシップを終えて、が切り出した。
まさか、自分に氏名が来ると思ってなかったので、いきなりの不意打ちに戸惑う。

「私ですが・・・?」

名乗り出ると、彼女は二つの封筒を差し出した。
ラドラス様の印鑑が押された封筒は見覚えがある。
王の盾の入隊合格通知だ。もう一方は志願用のもの。
まさか・・・と少女を振り返ると今までにないほどの笑顔で返された。

「私はラドラス様より許可を得て、『孤月』という特別職を頂きました。一応、王の盾所属になりますが、基本的に別行動です。も特別に兵にさせてもらえないかと頼んだのですが、ラドラス様が彼女のことを知り得ないので判断できないとおっしゃられたので、王の盾の入隊試験をに受けさせてもらえないでしょうか。」

いきなりのことに声も出なかった。
今まで王の盾でヒューマなのは一昨年入ったサレの言う青年のみだ。
そして、いきなり来た謎の女性が特別職に就くなんてことあるだろうか。
呆気に取られたまま、渡された封筒を見つめる。
ミルハウストも同じらしく、目を見開いている。
やっと、驚きのショックが抜けて、を見ると彼女は微笑んだ。

「無理というのであれば、私が正式に孤月に配属されたときにでも推薦させていただきます。」

という少女にとてもフォルス能力があるようには見えなかったが、目の前の女性もフォルス能力者だったのだ。
可能性はある、つまり入隊試験を受ける資格は充分にあるということだった。

「いえ、その必要はないでしょう。フォルス能力を備えていれば、入隊試験は受けられます。ただ基礎的な筆記テスト、フォルスの程度を見るための模範演技を試合形式で行ってもらうことになりますが。」

説明すると、に視線を向けた。

、いいかしら?」

はすぐに頷いて、不敵に微笑んだ。

「望むところ!フォルス能力を人前で使うの、初めてだし!」

「じゃあ、今日はもう遅いですし、何分こちらも用意が出来ていない。明日、筆記テストを受けに来てもらえますか。」

華奢な白い腕でガッツポーズをとるこの少女に、本当に能力はあるのだろうか。
今のところ、最年少はサレ。そのサレでも二十歳を越えているが、目の前の少女はそれを五つも下回る。
彼女が死にやしないかと、今から心配していた。








ヴェイグからは沈黙しか帰ってこなかった。

「ヴェイグ?」

名前を呼ぶが返事はない。
耳を澄ましてみると、微かに寝息が二つ聞こえた。
俺は苦笑して、布団を被りなおし、眠りに落ちた。







2006-09-03 Written by mizuna akiou.