番外編 赤との共通点







今日も相変わらず忙しかった。
陛下が亡くなられてから一ヶ月も経ったというのに、未だに能力者の把握も出来ないし、各地の能力覚醒による事故の後処理も、何もかも停滞していた。
バルカだけに絞ってもやる事が多すぎて忙殺と言う言葉が相応しい毎日を送っている。
さすがに四星も私もも皆一人で任務に当たるしかなかった。
それに新たに王位に就かれたアガーテ様はこの状況にはとても対応できない。
現在は彼女のお目付け役であるジルバが彼女を導いている。
つまり、実権はほぼジルバが握っているようなものだった。

「ん?」

私はふと、あるものが目に入って足を止めた。
久しぶりに任務から戻った私は三時間だけ休憩を許され、消費したアイテムなどを買いに行こうとしていたところだった。
私の目の先にはカレギア城内唯一の庭がある。
バルカの天候のせいで鬱葱として見えるが、極稀ないい天気の日には本当に美しい場所だ。
残念なことに今にも降り出しそうな天候の所為で、折角の庭も台無しだが。
それに、今私が目を留めた理由はそんなことじゃない。
木の端に見える赤い色。
季節的に赤い華なんて咲かないし、狂い咲きだったにしても、あそこに赤い華はなかったはず。
城にいる庭師はかなり几帳面で有名で一本でも雑草があれば抜くし、種が変なところで芽を出しても、すぐに植え替える人だ。
そんな人があんなに華をつけるまで放っておくはずがない。
私が任務についている間に庭師が変わったにしても、私は何ヶ月も城を空けていたわけじゃない。
じゃあ、なんだろう。私はそっと庭へと足を向けて、その紅い花に近づくことにした。
それは近付くにつれて、花ではない事がわかった。何だろう。
木の麓に着き、反対側を覗き込んでみると、そこには少年がいた。
一瞬、目を見開いたが、声は出さなかった。彼は眠っていたからだ。
彼のことは最近多く入ったヒューマの新人の中で一番、私の目を引くから覚えていた。
きっと、彼に纏わる話が印象深かったからだろう。
名前はマオ。彼は陛下が亡くなられたあの日、どうやったのか城に入り込んで火の海にした。
私はその場にいなかったが、が代わりにそこにいたので、その少年の話を聞いた。
初めて見たのは、彼の入隊した日だった。
燃えるような緋色の髪と瞳がとても印象的だった。
ラドラス様が崩御された日、慌しかったとはいえ、子供が入れるほど警備は甘くなかったはずなのに、彼は城へと入り込んだ。
フォルスを使ったとしても、私たちの誰かを兵が呼びに来たはず。
あそこまで侵入を許すほどの何かが彼にあったとはとても考えにくい。
だから、私は彼にとても興味を持っていた。
話をしてみたいと思ったがチャンスがなく、時が流れてしまった。
これは彼が起きるまで、傍にいようかと、一瞬迷った。
迷った末、私は思わずしゃがみこみ、彼の寝顔を見つめた。
彼は明るい性格でよくはしゃいでユージーンに叱られているのをよく目にする。
つまり、中身は見た目どおり子供というわけだ。
今も子供らしい寝顔で眠っている。そんな子供が炎を操る事が出来るなんて到底誰も考えないだろう。

「うーん・・・」

彼はぱちっと目を開けた。
少し怯んだが、私はそのままじっと彼を見つめた。
人の気配に敏感なんだろうか。
彼は焦点の定まらない瞳で私を見つめ、口を開いた。

「・・・ボクは眼・・・世界を・・・七つの力・・・ボクは・・・」

寝言だろうか。
暫く見つめあっていたが、彼は何も言わない。
まさか、このまま寝てるのかな、と考えていると彼の瞳が大きく見開かれて彼は、ばっと立ち上がった。

「キ、キミ誰?!」

どうやら、急に現われた私に驚いたらしい。

「ああ、ごめん、驚かせちゃったね。」

私は苦笑しながら、立ち上がった。
彼の背は低く、必然的に彼は上目遣いになった。

「私は、。君はマオだよね。」

名前を聞いて、彼は安心したように力を抜いた。
それから、私を睨む。

「そうだけど・・・何?」

彼は困惑しているようで、視線を彷徨わせながら聞いた。
私はそんな様子が可愛いなと思いながら、私が彼を見つけた窓を指差した。

「あそこから、君の髪が見えてて、何かなって思ったら君だったんだよ。」

彼は顔を顰めた。
説明が悪かったのか、と思って、私は少し焦ったが、どうやら違ったらしい。
暫く黙り込んだ後、彼は口を開いた。

「・・・ユージーンから、キミのことはよく聞くよ。」

隊長を呼び捨て。
その事実に驚いたが、ユージーンが養っているも当然だし、私も媛華のことを呼び捨てにしているし。
心の中で小さな葛藤が生まれたが、なんとか沈静する。
彼はというと、まっすぐに私を見つめていた。

「ボクと同じって本当?」

何を言ったんだ、隊長。
思わず、今はいない隊長に突っ込みを入れてしまった。

「同じって?」

聞いてみると彼の瞳が揺らいだ。
まさか、私が孤児だとか、この子と同じくらい礼儀知らずだったとか、そういうことを話したのではないだろうか。

「記憶が、ないって。」

彼は俯いた。
私も思わず彼を凝視する。
私は記憶がないことに関しては気にしたことは一度もなかった。
記憶に執着もなく、知りたいなどと一度も思った事がなかった。
理由は分からないけれど、にはよく無頓着だと言われる。
つまり、何も気にしない性格というのが相応しいだろう。
確かに私が両親について聞かれたとき、記憶がないと答えた。
それをユージーンが話したということだろう。

「う、ん・・・まぁ・・・」

私は複雑な気持ちになりながら、ぎこちなく答える。
彼はなおも俯いたままで、私の中でぐるぐると気持ちが回る。
彼はいったい何を考えているんだろう。
一瞬、フォルスを使おうかと過ぎったが、それはに止められていることだから使うのは憚られた。
だからって、使わないわけでもないけれど、使うことは出来るだけ避けたい。
今場内にがいないとも限らないし、怒ったはミルハウストなんかよりずっと怖いのだ。

「・・・そっか・・・じゃあ仲間だネ!」

顔を上げたマオは恐ろしいくらいに笑顔だった。
さっきのシリアスな展開はどこへ消えたんだろう。
私が呆気に取られるのも他所に彼は私に抱きついた。

「歳も近いし、ボクと友達になってくれるよね!ここって、結構、年上の人多いじゃない?もそう思わない?ね、いいでしょ?」

哀願するように上目遣いをするマオ。
いいも何も、もうキミの中では決まっているのではないのか。
既に呼び捨てにされていることに気付きながら、これはもう逃げられないなと本能的に覚る。

「・・・うん、まあ、いいけど・・・」

「ヤッター!じゃあ、は今日からボクの友達ね。本当の名前は分からないけど、ボクの事はマオって呼んで。」

よくしゃべる子だ。
そのよく回る舌に感心しながら、私は相槌を打つ。

「じゃあ、マオ。」

彼は遊び相手に飢えていたんだろう。
友達というのはきっとそういう意味だ。
ユージーンも遊んでくれるだろうけど年代についていけなさそうだし、じゃ遊ぶって雰囲気じゃないし、サレはどっちかというと気紛れだし、トーマはサレのパシリだし、ワルトゥはもちろん遊べるタイプじゃない。
私が彼と共通点があるのを知って、更に興味が増していたのだろう。
彼も私と話したかったのだ。

「今日から、友達ね。」

私が手を差し出すと、彼は大きく頷いて、私の手を握った。

「じゃあ、今から・・・」

マオが話し出そうとしたとき、私の名前を呼ぶ声がした。

「あ、ちょっとごめんね。」

私が振り向くと、そこにはがいた。
何か用事だろうか。
は此処まで瞬間で移動してきて、マオをチラッと見たが、話し出した。

「休憩は終了。私と仕事よ。」

私は思わず、顔を顰めた。
恐る恐る後ろを見ると、しゅんっと項垂れたマオ。

「えーっと・・・ごめんね。仕事、入っちゃった。また今度ね。」

今度なんていつあるんだろう。
私は心が痛むのを感じながら、マオに言うが反応がない。
じっと黙っていただけど、反応がないし、を見ると目ではやくと訴える。
私は居た堪れない気持ちで、マオの頭をそっと撫ぜて、今度は絶対遊んであげるから、と言い聞かせて、に合図を送った。
歩き出したけれど、マオが動く気配はなかった。
だけど、庭から廊下へ入ったとき、後ろでマオが叫んだ。

「絶対だからね!!」

私はその声で振り返って、笑った。
マオも笑って大きく手を振った。
そして、いってらっしゃい、と同じ声で叫ぶ。
私もいってきますと返して、先を歩くに駆け足で追いついた。

「・・・随分仲良くなったのね。」

「うん、まあね。」

すると、が意味ありげにマオがいるほうを見た。
そして、前を見つめる。

「いったい、何を考えているのかしら。」

がぼそりと呟いた。
私が首を傾げると、はなんでもないわ、と笑った。
そして、伏し目がちになりながら、はもう一度呟いた。

「・・・あの子は私と同じなのよ。」

その言葉の真意は私にはわからなかった。
だけど、そのときのの雰囲気は聞くことを許さない重い空気だった。






2006-09-03 Written by mizuna akiou.